薬学生から医学生、その先へ

薬学部から医学部に学士編入した医学生によるブログ。専門はがん幹細胞。アカデミックを目指しながら、事業にも挑戦中。

高校球児の坊主頭

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今年も夏の甲子園がついに始まりました。

元高校球児の僕にとってはこれがないと夏って感じがしないですね。

さて、今回の代表校や予選をみてきて感じたことがひとつあります。

それは、高校球児の脱坊主化が少しずつ進んでいるということ。

僕が高校球児だった6年前は、甲子園に出場するような高校で坊主でない学校は神奈川の慶應義塾高校くらいしかなかったように思います。

(ちなみに高2の秋に慶應義塾と練習試合をして、1対1くらいで引き分けだったのはいい思い出です笑)

 

今回の甲子園出場校で坊主頭でない高校は、北北海道代表の旭川大と岩手代表の花巻東の2校でしょうか。

あと今回の甲子園には出場していませんが、坊主でない高校として有名なのは、新潟の新潟明訓と神奈川の慶應義塾ですね。

 

なぜ高校球児は坊主頭なのか。

なんででしょうね笑

僕は中学の時から、ボーイズリーグという硬式野球のクラブチームで野球をやっていたので中学生の時から坊主頭でした。もちろん、高校時代も。

もはやそれに対して疑いも持たず、むしろ坊主であることが野球をやってることのアイデンティティになってました。

 

でもなぜ坊主なのでしょう。

正直、指導者でも明確に答えられる人は少なく、多数派がそうだから暗黙の了解としてそうしている高校がほとんどだと思います。

周りがそうしているからそうする的な。

坊主頭だとチャラそうに見えないという固定概念もあるでしょう。

 

でも僕はそれは健全な理由ではないと思う。

理由が明確でないルールほど存在するべきではないと思っています。

理由が明確でないルールが存在しているときは、必ず

  1. 固定概念
  2. 同調圧力
  3. 権力者の意向

のどれかがはたらいている気がします。

今回例にあげたのは、高校球児が坊主かどうかというとんでも平和な例ですが、魔女狩りとか戦争とかはその最たる例だと思います。

合理的な理由は特にないが、何かに恐怖を感じ、咎められないように従う。

ぶっちゃけ高校野球も絶対的な権力を持つ監督に咎められないように過ごしている球児も少なくないはずです。

   

脱坊主化が進む

慶應義塾高校はずっと前から髪型自由でしたね。

最近になって、新潟明訓と花巻東が髪型自由になったようです。

(旭川大は北海道に引っ越すまで知りませんでした、ごめんなさい笑)

僕は脱坊主化は、非常に良い傾向だと思います。

固定概念から勇気をもって脱却して、自主性に任せる。

自主性に任せればそこに個人の性格、思考が現れる。

それこそ、本当の教育だと思います。

 

時代の流れの中で、大事にすべきことのポイントは常に変化します。

投手の酷使を防ぐために延長戦でタイブレークを導入するなど少しづつ変化をみせている高校野球の世界。

髪の毛に現れるそのチームの教育方針に注目してみてもおもしろいのではないでしょうか。