薬学生から医学生、その先へ

薬学部から医学部に学士編入した医学生によるブログ。専門はがん幹細胞。アカデミックを目指しながら、事業にも挑戦中。

アドバイスの本質

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最近は、背伸びしていろいろ頑張っている甲斐があっていろいろとアドバイスを求められることも多くなってきた。

まだ全くアドバイスとかできる立場ではないけど、いろいろ経験してきたことは伝えるようにはしている。

そんな中、アドバイスしている自分を俯瞰した時に感じたこと。

それは、アドバイスするときは自分の過去の経験を元にしか語ることができないということ。

なぜそう思うのか。なぜそう感じるのか。自分の中で根拠がないと相手に伝えることができない。

もしかしたらアドバイスをした相手が僕の言った通りに行動するかもしれない。そしてその結果うまくいくかもしれない一方、失敗するかもしれない。

そんな恐怖を感じた時に自分の発言に保険をかけたくなる。

と、自分がアドバイスしているときにこんな思考が働いていることをつい先日感じた。

逆に僕がアドバイスをお願いする時、相手の方は自分の過去の経験と照らし合わせて、しっかりと言葉を選び、お話してくれていることに感謝しないといけないと思った。

その人がたくさんのリスクを負いながら、長い時間をかけて醸成させてきた知識や経験をほんの数時間でエッセンスだけわかりやすくまとめて教えていただけるのだからこんなに有難いことはない。と、同時にその時間をもっと大切にしないといけないなと思った。

しかし、ちょっと斜に構えた見方をすると、人は自己の経験に基づいてしかアドバイスをできないということは心にとめておきたいとも感じた。

そして、人はわからないことや理解できないことには、基本否定的になる。

人は未知というものが怖い。暗闇が怖いのもその先が未知だから。

「それはやめたほうがいい。」「それ意味あるの?」などの言葉は今までたくさん言われてきた。

しかし、表面的な言葉は同じでも、相手がどんなバックグラウンドをもってその「やめたほうがいい。」を言っているかによって意味が全然違ってくる。

建設的否定がある一方、時には無視した方がいい否定があることも事実。

事業をやったり、海外の大学院に行きたいとかどちらかというとマイノリティーに分類される行動をし続けていると、アドバイスの質がなんとなくわかってくるっていうのは事実だと思う。

「おーーこの人のアドバイスめっちゃポイント押さえててめっちゃ参考になる!!!」

って感動する時から

「いや、未知を後ろ盾に否定するだけやないか!」

みたいな感情を抱く時もある。

 

ここからが重要なんですが、自分がアドバイスするときに自分が経験したことない質問をされたときの対応はめちゃくちゃその人を表すし、相手にそれを見られてるということ。

Makersなどなどを通して僕がいつも相談させていただいている人は、物事を深く深く考え、いろんな経験をされている方ばかりなので、その方々の対応を肌で感じて、学んで自分の肥やしにしていくこと。

人とお話するときは、話の内容だけではなく、その人の対応の仕方なども勉強していきたいなと思いました。

そして、よりたくさんのことに自己の経験をもってお答えできるように、20代のうちにできるかぎりいろんなことに挑戦していくことはやめないで生きていこうと思いました。

 

今日のお昼に札幌を出発したのに、大雨の影響で成田空港で今も足止め。

お金さえあれば羽田の飛行機にしたり、タクシーで脱出できるのにとか思いながらコンセント確保して作業してます。

事業をすればするほど感じるお金のちから。