薬学生から医学生、その先へ

薬学部から医学部に学士編入した医学生によるブログ。専門はがん幹細胞。難病疾患の研究環境を変えるべく奮闘中。楽しいこと、面白いこと大好き!!!

自己紹介するよ!

 

 

ブログ訪問ありがとうございます!!!

 

このブログ「薬学生から医学生、その先へ」を書いているこうせい(@kkkkosei777)です 

今まで半年ほど匿名でブログ書いていたのですが、より自分の成長に繋げるため全てをさらけ出すことにしました

 

まずは、こうせい(@kkkkosei777) って誰や(笑)って方のために自己紹介をしたいと思います

 

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NY旅行の時、ヤンキースタジアムにて



 

僕は、こうせい

 

現在北海道大学医学部医学科2年生です

今年23歳になりました

 

ざっくりと経歴を書くと

 

公立小中卒→岐阜県立加納高校卒→富山大学薬学部(4年制)卒→北海道大学医学部医学科2年次編入(現在)

 

といった感じで割と珍しい経歴だと思う。

将来は、基本的には医学研究者を目指しているって感じかな。

 

今の時代は、働き方が多様化してるから、医師っていうのに縛られないように自分がおもしろそう!楽しそう!って思ったことをしたいなって思ってる。

 

ブログは、おもしろそうなこと、楽しそうなことをやってる人と繋がれたらいいなと思って始めました!

あと自分の成長のために。

 

 

生い立ち

生まれ

1995年岐阜県生まれ。

けっこう大きな赤ちゃんだったらしい。

でも、先天性心疾患のファロー四徴症を患っており、物心ついたころには胸に大きな開胸手術の跡があった。

 

いろいろ大変だったみたいだけど、家族の支えもあってすくすくと成長。

幼い時から医療が身近だったのは、今の自分に繋がってるって感じるな~

 

とにかく支えてくれている家族には感謝したい。

 

   

小学校時代

小学2年生のとき、3個上の兄の影響もあり、野球を始める。

スポーツ少年団に入団して、一生懸命野球を頑張った。

 

小学校6年生の時には、全国大会の県予選でベスト16まで進出した。

小学校のトーナメントは学校数がとんでもなく多いから、ここまで勝ち進むのもすごい大変だったな~

 

当時の仲間は僕にとって、なんだか思い入れがあってとても大好きです。

彼らに会うと、当時のワクワクした気持ちが蘇ってくる(笑)

 

また一緒に野球したいな

 

中学校時代

地元の中学に進学したけど、中学校の野球部には所属せず、ボーイズリーグの硬式野球チームに所属した。

 

しかし、この硬式野球チームで人生で初めて「挫折」を経験する。

 

それは、

 

「レギュラーがとれない」

 

このチームには、小学校の時に各チームで主力だった選手が続々と集まっており、全く彼らに歯が立たなかった。

後に甲子園に出るような選手の中で僕は完全に埋もれてしまった。

全然試合にも出させてもらえなかった。

でも僕は腐らずにできることを頑張った。

 

そうしたら、中学3年生になった時には、レギュラーとして大会に出ることができた。

 よく這い上がった自分。よく頑張った。褒めたい。

 

 

一方で僕は勉強はそこそこできた。

 

周囲から県で1番の進学校を勧められるも、「真剣に甲子園を目指したいから」という理由で受験を拒否。 

 

この頃から自分の意思を貫く子どもだった。

 

でも勉強もちゃんとしたかったから、進学校で一番甲子園に近い学校はどこか。

真剣に調べた。

 

すると、当時ボーイズリーグの硬式野球でライバルだった選手たち数名がとある進学校への進学を希望しているとの情報を手にいれ、

 

「ここなら真剣に甲子園を目指せる」

 

と思い、県内でそこそこの進学校に進学する。

 

 

高校時代

高校時代は、勉強と野球しかしなかったといっても過言ではない。

 

平日は、授業後、夜7時過ぎまで限られた時間で練習をして、そのまま予備校へ直行し夜10時まで講義を受け、帰宅後食事をとり、その後自主練または勉強。

 

土日は、丸1日練習試合をし、その後自主練もしくは夜まで予備校。

 

通学の信号待ちでも勉強してたし、休み時間もおにぎり食べながら勉強してた。

そんな毎日だった。鬼忙しかった(笑)

 

遊ぶことなんてほぼなかったし(笑)

かなり真面目に野球に打ち込んでいたし、選手同士で怒鳴り合うことも多々あった。

もちろんいい意味でね(笑)

 

高校3年の時はレギュラーを勝ち取り、最後の夏を迎えた。

ベスト16まで勝ち進んだけど8決めで、シード私学に8回に逆転され負けた。

 

甲子園には行けなかったけど、最高の仲間と最高の夏を過ごせたことは、僕にとってかけがえのない財産になっているかな。

 

あと、この鬼忙しい日々は、僕の忙しさの閾値をかなりあげた。

この経験があるから、ちょっとのことじゃ忙しいなんてまったく思わなくなった。

 

いつも「あの時に比べれば」と思えるから大抵のことは余裕。

ナイス。

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高校最後の試合



 

部活引退後、受験勉強に打ち込む。

しかし、この受験勉強でこうせいは、2度目の「挫折」を経験する。

 

高1の頃から薬学部を志望していた僕だったが、部活引退後センター模試は40%。

相当焦った(笑)

 

しかし、野球で培った持ち前のガッツで4カ月で80%まで成績を上げた。

 

相当頑張った。血眼になって勉強した。

 

でも、前期東北大、中期名古屋市立大ともに不合格。

努力をしても報われないことをまざまざと見せつけられた18の春だった。

 

でも、ありがたいことに後期で富山大に合格。

進学するかかなり悩んだ。

 

でも親が背中を押してくれた。

「薬学を勉強したくてもできない人は世の中にたくさんいる。その人たちの分も頑張れよ。その先、自分の力で道を切り開いたら、できる限りの支援をするから。」

 

この言葉があったから頑張れた。

進学を決意。

 

   

 

大学時代①

薬学部の時は、どこにでもいるような普通の大学生だったと思う。

勉強して、部活して、飲み会して、恋愛もして。

とっても楽しい日々を過ごさせてもらったな。

 

出会ったみんなには本当に感謝したい。

 

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楽しかった部活

 


でも、大学3年の夏。僕の意識が変わる。

ジャパンハート (http://www.japanheart.org/)の活動に参加し、ミャンマーの医療の現場を肌で感じた。

満足な治療を受けられずに、人が亡くなっていく現状を目の当たりにした。

 

「このままじゃいけない」

 

純粋にそう思った。

 

それまでは研究者志望一本だったが、研究だけではなく、医療のシステムそのものを変えたいと思うようになった。

そのためには今の医学を知らなければいけない。

そう思い医学部学士編入試験の受験を決意する。

 

しかし、その後の研究室配属でかなりしんどい研究室(有機合成化学)に配属されることになり、卒業研究と受験勉強の狭間で死にそうになる。

 

あのときのプレッシャーは半端じゃなかった。

友達からも「お前大丈夫か?」って何度いわれたことか。

本当にしんどかった。

 

でも、そばで支えてくれる人に恵まれて無事乗り越えられた。

今でも本当に感謝している。

 

 

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ミャンマーにて。笑顔に溢れた国だった。

 

 

大学時代②

北海道大学医学部の学士編入試験に合格し、医学生となる。

 

新しい友達にも恵まれて、毎日充実した日々を送っている。

研究も再開し、病理学講座でがん幹細胞の研究を行っている。

 

ただ、5年間という時間をいかに自分の成長に繋げられるかを常に意識しながら過ごしていきたい。

 

   

 

今のこうせい

やれることはなんでもやる

現在僕が活動している団体です

  1. 北大起業クラブ https://www.facebook.com/hokudaistartup/
  2. CARE LAND運営ボランティア https://careland.org/
  3. 箕輪編集室 https://camp-fire.jp/projects/view/34264
  4. MIラボ https://camp-fire.jp/projects/view/89457
  5. 医師ラボ http://media.antaa.jp/
  6. ジャパンハート http://www.japanheart.org/
  7. Choosing Wisely https://choosingwisely.jp/

 

現在僕が運営している動画メディアです

medium.com

 

medium.com

medium.com

 

 

なんでこんなにもたくさんの活動をしているのか

 

 

きっかけは大学4年生のときでした。

自分の人としての器の小ささ

自分の価値観の狭さ

人として全く成長できていない

 

そう考えさせてくれる出来事があった。

 

成長しないといけない。

そう思った僕は、本屋に飛び込みました。

なんとも浅はかな行動ですが、この行動が僕の価値観を変え、成長のきっかけをくれました。

 

僕は本屋でこの本に偶然出会った。

この本に出会ったことで全ての歯車が回り始めた。

 

 

 

 落合陽一さんのことは何となくは知っていたものの、あまり深くは知りませんでした。

 

しかし、この本を読んで、僕にひとつの考えが浮かびました。

 

今の現状に安心せずに、もっと貪欲に生きなければいけない。

 

さらに、この本を読むことで、落合さんやホリエモンの本を手に取るようになり、箕輪厚介さんを知ることになります。

 

そして箕輪さんを知ったことがさらに僕の価値観を大きく変えました。

 

とにかくおもしろいとおもったことはやってみようよ。

 

僕が大事にしている考え方です。

 

まだまだ自分は成長段階

現時点で到底これら
自分の人としての器の小ささ
自分の価値観の狭さ
人として全く成長できていない
が克服できているとは 思えません

でも、もがきながら、苦しみながら、壁にぶつかりながらも

「成長したな、自分。」

そう思える日のために前に進み続けます

 

 

学生のうちに達成したいこと

 

僕は学生のうちに達成したいことがあります。

難病患者さんを支援するためのプラットフォームを創出することです

 

あえて、ぼかした表現にしていますが、社会人の方からバックアップを受けながら実現に向けて動いています。

 

 

 なぜ僕が難病患者さんを支援したいのか。

理由は2つあります。
1つは、僕が先天性心疾患のファロー四徴症を患っているということ。
すっかり病気も良くなって20歳になった時に、医者に「あと10年早く生まれていたらもしかしたら生きていなかったかもしれない」と伝えられました。

もしかしたら、死んでいたかもしれない。
この事実が僕を突き動かしています。
医療の進歩に救われた僕の命を使って、今難病で苦しんでいる患者さんたちの力になりたい。
必ず達成したい。


2つ目は、ミャンマーでの医療ボランティアの経験です。
世の中には、医療が届かずに亡くなっていく方がたくさんいる。
医療設備、教育、インフラ、貧困、、、様々な要因が絡み合っていました。

自分で現地に行って自分の目で見た人にしかわからないあの経験は、僕の中で強く生きています。

将来は、海外の環境も変えたいと思っていますが、まずは日本の難病の環境を大きく変えていきたい。
そこから、広げていきたい。


 

大好きな言葉

「一期一会」

 

です

 

僕は今まで、たくさんの人に出会ってきました。

その全ての人が僕を成長させてくれましたし、なくてはならない存在でした。

 

これからもっとたくさんの人に出会うでしょう

その一人ひとりとの出会いを大事にして、お互い高め合える関係をより多くの人と築きたいです。

 

一期一会

 

僕が大好きな言葉です。

 

 

 

将来の目標

将来の目標は自分という人間を自信をもって語れるようになることです。

 

「こうせいくんはなにをやっているの?」

と聞かれて

「医師です」「研究者です」

 

だけでは、寂しいなと思います。

肩書とかに縛られない生き方をしたい。

 

僕にしかできないこと、僕だからできたこと

そんな事実を何個も語れるようなかっこいい人を目指しています。

 

 

SNS

基本TwitterとFacebook使ってます

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